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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

『わかってもらおうと思うは乞食の心』


衆院選:自民横ばい、自公3分の2維持 民主は11増 - 毎日新聞

選挙のことで、

・自分のまわりでは自民党に入れる人なんて1人もいないのに、なぜ
・どうして棄権するんだ、この期に及んで投票しない人の気がしれない

という発言を友だちと話したり、SNSで見かけたりする。

でも、これからは『自民党に投票した人』とか『選挙に行かなかった人』とこそ、対話していかなければいけないんだと思う。


自民党に投票するなんて、「肉屋を愛する豚」じゃないかとか、
この期に及んで棄権するなんて、戦争がおっぱじまってもいいと思っているのかとか、もう、SNSや友達同士で言っているだけでは、次の選挙も何も変わらず同じじゃないかしら。
言ってるだけじゃ、自民党に投票した人はまた自民党に投票するし
棄権した人はまた投票しない。
言ってるだけじゃ、「自分はそういう人とは違いますけどね」っていうアピールにしかならないし(それって何のため?)
「そういう人」を見下したままの姿勢ってどうなんかなあって思うんですよ。
そういう見下した視線って
景気よくしてやるかた貧乏人はそのおこぼれにあずかっておけ」とか
「どうせわかんないんだからテレビや街頭演説ではいいことだけ言っておけ」
っていう、
みんな(ここで言うみんな、っていうのは、このブログを読んでいるような人です)が絶対に投票したくないって思っているあの党やあの立候補者と同じなんじゃないの、って思うんです。
『自分と違う考えの人』と関わろうとしていないっていう点では。


リベラルな人ほど、今回の選挙結果にがっかりした、絶望した って言ってる。
そういう人たちって、普段は「対話が必要だ」って言っているでしょう。
異なる世代の、異なるステークホルダー間の、異なる職種の、
対話と連携が必要だ って、いつも言っているでしょう。

地域づくりやまちづくりにも、それが必要だって、
いつも言ってるじゃないですか。
ワークショップだ、円卓会議だ、対話の場だ、居場所だ、
って言っているでしょう。
政治だって同じじゃないのかな。


でも、それって本当に「異なる」人達どうしで話していたのかな。
わあ、この部屋にはたくさんのいろんな人がいる~!って思ってたら
よく見たら全面鏡張りの部屋で、他人だと思ってた人が、実は
鏡に映った自分だった、っていうことはないんだろうか。
どんなに「多様に」見えても、どこか「自分と同じだから」安心できる「他人」だった
っていうことってないのかなと思う。


八百屋さんと、商社マンと、名古屋市の職員と、お医者さんと、大学生と、喫茶店の店主と、障害者支援のNPOのスタッフと、子育て中のお母さんが、名古屋市まちづくりについて語る!みたいな会議って
開催するのは大変だけど、ありそうでしょ。
やろう!って皆思うでしょ。

でも、そこに公園で寝ているホームレス状態の人や
中学生時代から20年くらい自室に籠ったままの人や
XXXは出ていけ!とか毎日インターネットに書き散らしているクソみたいなネット右翼の人や
皆さんの言うとおりにしますのでどういうふうでもいいのでお任せします、っていう人は、呼ばないでしょ。

呼ばないでおいて
その人たちの気持ちや意見も聞こうともしないで
ただ単に見下して文句だけ言ったり、絶望したとか言うのって
どうなんかな?と。
ヘイトスピーチ自体は有無を言わさず聞く必要ないと思うけど、なんでそんなバカの極みみたいなこと言うようになっちゃったんかなっていうことは聞いてあげていいと思うぜい)


自分だけ安全(と思っている)な場所で、声が安全(と思っている)に届くところだけで発言していても
結局それは自分が敵だと思っている人の思うつぼなんじゃないかと思う。

SNSのアカウントも持たず、
学歴もなく、お金もなく、政治や文化について語り合う機会も持つことが出来ず、
自分なりに一生懸命生きたり働いたり活動したりしている人のところに
どんなド田舎でも足を運んでニコニコ笑顔で
「あなた(の票)が必要なんです」と
手を握って話しかけている人は誰なのか。

少なくともわたしではない。
わたしはただ「あたしって正しいこと言ってるもんね」ってことを
このブログとFacebookツイッターで言っていただけだ。
温かい部屋で、ビールを飲みながら、キーボードやiPhoneのスクリーンを叩いていただけだ。
そんなことで、伝わるわけがない。わたしと全く違う状況にいて、まったく違う考え方を持つ人に。
そもそも、そういった人に、本当に伝えたいと思っていたのか。
わかってほしいと思っていたのか。
ハナから、普段自分がいちばん嫌って非難しているようなこと―――「排除」―――を、していたのではなかったか。


だから、わたしたちはまず
自民党に投票した人』とか『選挙に行かなかった人』をリアルに発見し
出会っていくことからはじめないといけないんじゃないかなあと思った。
どうやったら、今まで出会わなかった人たちと出会えるか
そして、どんな言葉を使ったら、どんな方法を使ったら
その人たちの思いが「わたしたち」にわかり、わたしたちの思いがその人たちに伝わるのかを考えないといけないんじゃないか。
「わたしたち」だけで、正しさを確認しあうのではなくて。
(ああ、「わたしたち」と言うとき、そこから排除している人がいるんだな、と、書いていて思った。)

自分と自分の言葉が伝わる人とだけ話していてはだめだ。

わたしは自分の言葉や文章で勝負していきたいと思っているから、
ホームレス状態の人や、ひきこもり状態にある人や、
無力感を誰かへの暴力や、目先のお金に変えることをせざるを得ないような人との回路をひらいていくような言葉を
開発していくんだ。

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12月14日(日)


のり巻きを1つ、お茶、コーヒー


忘れちゃった


白菜とえのきとツナの煮物、ねぎ入り卵焼き、ピーマンとあつあげの炒め、ビール


おやつ
コーヒー

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いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論

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