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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

ファシリテーターはなにをコントロールするのか、あるいは、なにをコントロールしないのか

落としどころを見つけたい

今日友達と、「ファシリテーションとか勉強してても、最終的な、とか、その話し合いにおける『落としどころ』がわからなくて不安になってしまう」とか「自分の意図するゴールに持っていこうとしてしまう」っていうことってあるよねっていうことを話した。

(関連する記事:
 場を見る視点---人と問題を分ける
 蝶のように舞う

確かにそういうのあるなあと思う。
「場の力を信じる」「参加者の主体性を尊重する」とか言いつつ
自分の思うような場になるようコントロールしたくなったりしてしまう。
そのくせ、他の人が司会やファシリテーターをしている時に
そういうことをしているのを見ると「もっと場を信じろよ~、自分でコントロールしようとすんなよ~」とイラッとしたりする。(笑)
やっぱり、見通しが立たないことは不安だし、自分に理想があって、それが強ければ強いほど他の人にもわかってほしいと思ってしまう。

ブレたほうがいい

帰ってから松岡正剛さんのインタビュー記事を読んだ。

松岡 僕がいつも心がけてるのは、読者や聞き手を、その最初の疑問が浮かぶ「事前の世界」に連れて行くことなんです。その人の中の「幼な心」だとか「フラジリティ」(脆さ)とか「バルネラビリティ」(脆弱性)とか、知らなかったけど懐かしい「アンノウン・メモリー」のような世界を思い出させるのが僕の仕事だと思っています。
 そこでは答えはもともとひとつではない。僕が謎めいて見えるのは、そういう部分かもしれませんね。

—— 僕らはそうした「事前の世界」を想像したほうがいい、ということなんでしょうか?

松岡 したほうがいいですね。僕たちはたくさんの動機をもとに選択をするわけですよね。でも、本当は選択をする直前のほうが、もっとたくさんの選択可能性を持っていたわけです。

—— たしかに、そこには無限の可能性がありますね。

松岡 現代は動機を持ってから何かを選択するまでが短い。どんどん短くなってきている。かつては、選択前の自由度の高さが、そこで不安が生まれたり、努力を要したりするドラマ性を保証していたんです。

—— 知らないことを夢見ながら、期待を高めて奮闘すると。

松岡 そうです。だから僕は、多様な選択の中でたゆたっていく状態を作りたいんですね。答えが決まりきった世界なんて生きづらいでしょう。

—— 事前の世界でたゆたうことの良さもわかりますが、その世界にずっといられるのは強い人だけではないか、という気がするんです。人は答えを求めたくなってしまう。たゆたうことに耐えられない弱い人はどうしたらいいんでしょうか。

松岡 コンプレックスは持ってていいですね。それから、恐怖、おそれ、不安、弱っちい、臆病、ドキドキする、そういうことも全部持っていたほうがいいです。ただ、それらは変化するんだと思ったほうがいいと思います。ぶれたほうがいいんです。

—— 「ブレない強さ」、みたいな言葉がもてはやされますけど、そうじゃないと。
松岡正剛海猫沢めろん「「 ごめんなさい、罪を犯しました」と白状したい。」cakes)

「落としどころがわからなくて不安」「コントロールしたい」の裏側にあるのは、まさに『たゆたうことに耐えられない弱さ』なんだよなあと思いました。
たしかに、「ブレないことが大事だ」って言われるけど、安易に軸を決めてしまうのって、「たゆたう」ことから逃げているとも言えるんですよね。(笑)思考停止っっていうか。


自分ではコントロールできないこと
自分では想像できないこと
自分では選ばなかった可能性


そういうものや、人(=他者!)と出会い続けることが『たゆたうこと』なんだと思います。そして、それ無しにはイノベーションは起こらないんだけど、それは同時に自分を揺るがせ、傷つけ、もしかしたら否定する体験でもあるので、当然『恐怖、おそれ、不安、弱っちい、臆病、ドキドキする』という感情を呼び覚ますものでもあると思うのです。
 
ファシリテーションでは、参加者にとって「安心な場」を作ることが大事だと言われるけど、この「安心」ってどういうものなんだろうと思っていました。もしかしたらそれは、矢継ぎ早におとずれる他者との出会い、衝突と、それによる「ゆらぎ」自体を、おそれながらもしっかりと受け止め、味わうことができる場 ということなのではないかと思いました。

ただ、それらは変化するんだと思ったほうがいいと思います。ぶれたほうがいいんです。(同)


意図していたことや、「自分」というものが、他者との出会いによってどんどん揺らいで不安定になり、変わっていくように、「おそれ」や「不安」もまた変わっていくのだと思います。「他者」と出会い、「他者」の存在を認めることで生まれる希望と不安の両方を、自らの選択と責任によって引き受けていけるようにすることが、ファシリテーターの役割ではないかと思いました。


なんだかうまく書けないんだけど、友人が書いたブログのなかに、このこととつながるように思えるようなひと言があったので紹介します。

『誰のために、は考えない。そこが来てくれる人にとってどんな場になったらいいかを考える』

それは誰のため?

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2月10日(火)


りんごのはちみつ漬けみたいのがのったデニッシュ、お茶、コーヒー


食べてない


担担麺、ビール(大量に)

おやつ
コーヒー、チョコレート、南部せんべいを砕いたものが入ったチョコ(岩手のおみやげ。普通のクランチチョコよりかなり美味しかった!)↓これです
チョコ南部 | 南部せんべいの巖手屋

最近野菜をとってなかったら、たちまちニキビや口内炎ができた。
痛い。

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フラジャイル 弱さからの出発 (ちくま学芸文庫)

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