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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

震災と友人のこと

社会 音楽

2011年3月11日か、12日の夜、
友人と長い電話をしていた。

わたしは家にテレビが無く、皆が怖い怖いと言っていた津波の映像もいまだに見ていなくて、インターネットのニュースで、行方不明の人や亡くなった方が1000人単位で増えていくのを、不安ながらも、あまりのことにどこか現実感が持てずに、ぼんやりとしていた。


しかし友人は違った。
どうしてこんなことが、どうしてこんなひどい目に、と、理不尽な天災と人災に対する怒りと悲しみをあらわにしていた。
驚き、悲しみ、不安、激しい怒り、それに対して何をすることもできないもどかしさ、くやしさを、深夜に電話で1時間くらい、溢れ出すように吐き出すように、ずっと話していた。
わたしはそれに対して、何も言えず、何も言うことが思いつかず、ずっと聞いているしかできなかった。


彼はもとより正義感が強く、まじめで、曲がったことや、弱い人をさらに追い込むような事項に対して許すことが出来ず、それゆえに人や組織とぶつかってきたことも少なくなかったのではないか、そんな人だった。
しかしその背景には、彼自身もまた困難な状況におかれた経験や、
彼自身の、人に対する強い信頼や期待、優しさがあるのだとも感じていた。
ゆえに、今回被災した人たちに対して、深い深い共感と
激しい感情が抑えられなかったんだと思う。


2週間から1ヶ月くらい経ったころだろうか。
縁あって名古屋のライブハウスで、細野晴臣さんのライブを見ることができた。
細野さんはMCで、いやあ、名古屋は明るいですね
東京は計画停電もあって、ネオンも消えて暗くってね
みたいな話をボソ、ボソ、と話していた。
そして、

「レ~ディオー、アクティビ~ティ~」

と、かすれた声で、暗く、クラフトワークの曲を演った。

「演奏がうまい」とはこのことか、とびっくりするような美しい演奏だった。
わたしがそれまであまりちゃんとしたコンサートなどに行ったことがなかったせいか、それまでファストフードでしか外食をしたことがなかった人が、初めてレストランでシェフが作ったフレンチを食べたような、「うまい」とはこういうことか。と初めて気づいたような、それは美しい、洗練された音楽だった。わたしは越美晴さんしかわからなかったが、細野さん以外のバンドの人もきっと長いキャリアのある一流のミュージシャンばかりなのだろう。と思った。

しかし、わたしの心にはぜんぜん響いてこなかった。
どうしていま、こんな浮世離れした宮廷の音楽のような、上品な演奏ができるのだろうと思った。
その時のわたしには、熱い鉄の塊のような怒りをまるごとぶつけてくるような、ハードコア・ラップみたいな音楽にしかリアリティを感じられなかった。こんなことが起こっているのに、どうして。こういう時だからこそ冷静になろうとか、生活の美しさを守ろうとか、逃避も抵抗の一形態だとか、そんな言動はバカバカしくて聞いていられなかった。
細野さんはあこがれの人で、聞いているとうっとりと背筋が伸びるような音楽だったけれど、わたしは聞き続けていられなくて、途中で会場を出てしまった。


友人はもともとその嘘のない正義感と、卓越したアイデアと、心の優しさで、人を引き付ける魅力のある人だった。
ものを売ったり、お客さんと接する仕事が好きな人だった。
彼は仕事を通じて知り合った人たちや、仲間と一緒に、原発の再稼働について反対する具体的な活動をはじめた。彼らが関わるデモは、全国の他の地域のデモがそうだったように、それは今までデモなんて一回も行ったことがなかった人たちをたくさん集めた。特定の集団にも属さず、誰に強制されるわけでもなく、ただ原発を動かすなという訴えだけのために、4年経った今も人は集まり続けていて、現在は日本の原発は一基も動いていない。


デモは楽しいものではなかったと思う。
中心になって企画している彼らとて、若いし、お金も無いので働かなくてはいけないし、ましてや土日は本当は他のことをしたかったはずだ。それでもやり続けていた。
激しい怒りと後悔がその活動のエネルギーになっていると思うけれど、それがただのエネルギーの発散だけになってしまわないように、人災を繰り返さないための実効性ある活動となるように、
無理のないペースで、しぶとく続けられるように
悪くなる一方の状況にくじけてしまわないように
ユーモアと連帯感と、理念を保ち続けられるように工夫され、練られた活動をしていると感じられた。
正しかったけれどどこか頑なだった彼が
仲間を増やすとともに、研ぎ澄まされた意志はそのままに、しなやかになっていくようにも感じられた。


この4年の間にわたしは仕事を何度か変わり、仕事以外の活動も何度か変わり
彼からも少し前に、仕事を変わったと連絡があった。
4年前のように、彼と会ったり話したりすることは
ほとんどなくなってしまったけれど
彼が元気でいてくれるようなので、よかったなあと思う。


わたしは彼が具体的なアクションを起こしたからとか
仲間をたくさん増やしたから、えらい、とか、すごい、とかは思わない。
仕事を変えたからすごい、とか、えらい、とかも思わない。
4年前から、それ以上前から、ずっと彼は彼だ。


震災の前から、わたしは彼が、自身がしんどい状況にあっても
まわりの人や、環境や、仕事の中から
彼が想像力をはたらかせて、自分とまわりをポジティブに変えていこうとする
意欲とスキルを尊敬していた。

そして、彼によって
しんどい状況、さまざまな天災や人災によって
さまざまなものを失った中にあっても
人間は想像力と、他人との関係性を大切にすることによって
それ以前よりももっとしなやかに力強く
何かを再生させる力が、誰にもきっとあるのだと気づかされたような気がする。
わたしは彼が特別な人だとは思わないが、
彼のそういうところは尊敬する。

そして、そういう想像力とチームワークで
その人たちらしい表現を産み出してきた人たちを
わたしたちは、そこかしこに発見することができると思った。
それはもしかしたら、スマートでもイノベーティブでも
なんら新しいものでもないように見えるかもしれないけれど
人間には、そういう力があるということだけが
信じて、すがりたい希望のように思う。


Underground Resistance Hi Tech Jazz 1991 - YouTube

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3月11日(水)

シナモンロール、コーヒー、アーモンドミルクラテの試飲(スタバで)


ツナとチーズのパン、コーヒー


ナポリタンスパ、ビール

おやつ
北海道のおみやげのかぼちゃのパイ、チョコレート、ガム、残業していたら大学の人がくれたぬれ煎餅、桜の味のブッセ、コーヒー