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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

わたしたちはポリティカルになるべきだと思いますか?

社会 音楽

「いや、70年代とか、とくに80年代は、UKロックとポリティクスは切っても切り離せない関係だったのに、いまはずいぶん遠いものになってるなと思って」
「それはロックをやってるのがみんな上の階級の人間になったからだ」
わかりきったことだろう、という口調でスキンヘッドの親父が言った。
「そうそう。Rockってのは、Rock the boatって言葉もあるように社会を揺さぶるものだった。だが、上層の人間は別にボートを揺らしたくなんかないだろう。下手に揺さぶると自分が落ちるかもしんねえから」
ブレイディみかこ「アナキズム・イン・ザ・UK」2015

www.ele-king.net


例えばデトロイト・テクノとかヒップホップとか、
ハードな環境の中から生まれた音楽とか
芸術がわたしは好きなんだけど、
だからといって、その芸術の背景にあるハードな環境、
差別や貧困やそれによる犯罪の多さとか劣悪な環境そのもの、まで
肯定したいとは全く思わないんだよね。

「こんなひどい環境の中でもこんなに頑張った人がいる」
(新聞配達しながら勉強して東大に入った、とかさー)っていうのは
もてはやされがちじゃないですか。

その人個人の努力については、そりゃあ誉めそやされても
全くかまわないと思うんだけど、
だからといって「頑張ればなんとかなるんだから」と
その背景にあるハードな環境について放置してしまうことは
よくないと思うんだよね。

どのような環境においても
たくましく想像力と創造力を発揮して芸術を生み出す
タフな人たちの情熱には感動させられるけど
だからといって環境までタフであっていいわけがないと思う。
タフじゃないといい芸術が生まれないとか
ぬるい環境ではいい表現ができないみたいなことを言うのはおかしいというか
それこそ芸術とか、人間の想像力のちからを見くびっているんじゃないかなあと
思うんだよね。

 英国のエスタブリッシュメントは、メディアを使ってチャヴを「英国のモラルを劣化させ沈没させる悪魔たち」にするPR作戦を繰り広げたが、これには「チャヴをこよなくダサいものにする」という戦略も含まれていた。邪悪でもクールなものには惹かれる人はいるが、邪悪だは救いようもないほどダサいはでは、誰も同情も共感もしなくなるから、為政者にとっては切り捨てるのに都合がよい。
 かくして「Chavs」は新たな「族」になる資格「クールであること」をはく奪され、フードで顔を隠して盗みや暴力行為を行う犯罪者集団「フディーズ」として定着した。それ以来UKに「族」が出て来ていないことを考えれば、政治がUKのポップ・カルチャーの沈滞に対して負う責任は大きい。(同)

文中にある「チャヴ(Chavs)」というのは、
日本語で言うと、、、「DQN」みたいな…?マイルドヤンキーよりもさらに
文化的・経済的・社会関係資本的にアンダークラスにいる人、みたいなスラングらしい。

昔のUKロックは、そういうアンダークラス(ワーキング・クラス)の人が
お金とかはなくても、何かアンダークラスなりの誇りと思いを持って作ってきたんだと。
しかし近年では、『金が無い = ダサい』みたいなメディア戦略などにより
周りからそう思われるだけでなく、当人たちもパワーレスにされて
かつてワーキングクラスの人たちが発揮していたような想像力すら発揮できない状態にされてしまっていると。
そういうコラムなのかなと思って読んだ。

日本ではどうだろう?と思った時、
やっぱりどう考えたってその人たちのせいじゃないのに
誰にも助けを求められず、声を上げることもできず、声を上げられるという可能性さえ信じられず、
パワーレスにさせられてしまっている人たちもたくさんいると思う。
でも、わたしは、そういう人たちの声なき声こそを
聞きたいと思うんだ。


ANARCHYとかSEEDAとか、MSCとかが出てきたとき、
うわあ日本のヒップホップもアメリカのそれみたくなってきたんやあ、と
びっくりしたけれど
きっと彼らの後ろにも、何百・何千という声にならない声があるのかなと思う。
それは本当は、「声を出すことのできないかわいそうな人」ではなく
まだわたし(たち)が聞き取ることのできない表現方法を持っている人たちなのであり、
わたし(たち)がその表現を理解していくための努力こそが
わたし(たち)のために、必要なことではないかと思った。

花と雨

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MURDARATION

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