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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

We are the Robots---人工知能は人間を超えるか

本/書評 社会 ライティング

最近読んだ本で一番面白かった本は
人工知能は人間を超えるか」です!

人工知能の研究を通して、人間の認識の仕方、思考の仕方にぐんぐん迫っていくところが面白かったですね。どうしてわたしたちはネコがネコであるとわかるのか。机の上からガラスのコップだけをそっと取って来れるのか。経験から学ぶとはどういうことか…とか。当たり前だと思っていたことの仕組みが分かるのって面白いですね!

例えば人間同士の「会話」もエンコード(符号化)とデコード(復号化)なんだという説明もすごく腑に落ちた。話しているのに「わかりあえない」というのは、符号化がうまくないか、受け取る方の復号化がうまくないか、その両方かなんだなと思うと自分には分かりやすかった。会話はキャッチボールに例えられることが多いけれど、変化しないボールをやりとりしているのではないんだな。ボールを一度記号にして相手に渡す。相手は記号からボールを復元する。でも記号にする過程か、記号を復元する過程でなんかのエラーがあると、ボールを渡したつもりなのに茄子になって受け取られてしまうのかもしれない。

ある人が見ている「絵」をどのようにほかの人に伝えられるだろうか。
 もちろん、コンピュータが画像を転送するときのように、左上のドットから1画素ずつ説明していく方法もある。が、あまりにも非効率だろう。(中略)考えられる効率的な描写はこうだ。
「画面の真ん中にXがある。Xは人間で私の友人だ。その近くにYがある。それはライオンだ。そしてYはとても怒っている」(つまり、私の友人がライオンに襲われそうになっている)
 このように情報を「エンコード(符号化)」して記述していくのではないだろうか。そしてそれを受け取る側も、これと対応するデコーダー(復号化器)があれば、これと近いものを再現することができる。つまり、異なる人間同士で復元エラーを下げようとすると、何らかの「関係性に基づく」描写が効率的であり、それが人間の持つ文法構造として生まれつき埋め込まれていたとしても不思議ではない。要するに「お絵描きの方法」が人間の脳に生まれつき組み込まれているということである。(松尾豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」角川EPUB選書)

ロボットを作ってみると、どんどん人間がわかっていく…というところが人工知能の研究の面白いところだな~と思いつつ、でも自分としては普段全く読まないジャンルの本なので、いろいろ苦心しつつこの本の感想を書いてみました。毎度ゼロ会さんには感謝です。でも、次回はもうちょっと得意分野の本でリベンジしたいと思います。
ameblo.jp
人工知能は人間を超えるか」と一緒に無理やり紹介している「弱いロボット」もとても素敵な本でした。2冊とも読んでみて「人口知能が人間の仕事を奪ってしまうのではないか」という不安は、「自動車ができたら人力車夫は失業してしまうのではないか」という心配と同じなのではないかと、わたしは考えるようになりました。

 人間の能力ってけっこうすごいんですよね。でも、それと同時に、その能力を自分達の力をまだまだ正確には復元できない程度の能力しか人間は持っていない、ということも事実なんだな、と。

弱いロボット (シリーズ ケアをひらく)

弱いロボット (シリーズ ケアをひらく)