#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

岐阜の印刷会社で働いてよかったと思うこと

地域で子どもだけでも入れる食堂を開いたり
ひとり暮らしの認知症のお年寄りの家を訪問したり
精神障害のある人が安心していられる小さな場所を作ったりする
本当に地道な、小さな活動と

大きな会社や、大きな会社と取引をしているような会社が
生き馬の目を抜くようなスピードで
海外や東京や、宇宙や、膨大なビッグデータを相手に
昼夜を問わず仕事をしていることとの

開きが大きすぎると思う。
こんなにかけ離れていては、どちらもどちらを思いやることがとても難しいと思う。
わたしは、どちらも、どちらかが持っているような価値観や、資源を必要としているのではないかと思っているんだけど、現状ではとても難しいと感じている。

月に一度以上は海外出張があり、出張帰りですぐに本社で会議、翌日は国内出張。その間に億を超える単位の商談の決裁をいくつか、さらにそのまたスキマ時間でジムに行き、部下の誕生日にプレゼントするワインを選んで送ってもらう。そしてまた新事業の立ち上げとクレーム対応。
かたや、母親は精神障害で家にこもったまま自分に対してなのか誰にたいしてなのか分からない恨み言を言い続け、バイトして生活費にする高校生。だけどいつ「元・高校生」になるかわからない。父親の顔は知らない。「しまむら」よりも安い古着屋で、できるだけ安くて長持ちしそうで新しそうな服を買う。
こういう人がそうじゃない立場の人について想像力をめぐらすことはとても難しいと思う。
でも、わたしは本当は、どっちもが、自分にはない価値観や文化・資源を、その真逆(に見える)階層の人たちが持っていて、それが、それぞれの階層のイノベーションに必要なんだと信じている。


と、いう話と関係あるのかどうか分からないけれど
きっと関係があるだろうと思っているので
わたしが岐阜の印刷会社で働いて良かったと思っていることを書きます。

新卒で入った会社は、たぶん岐阜でいちばん大きい印刷会社でした。
わけもわからず就職活動をして、マスコミとか広告代理店とかに行っていたのですが、この会社の説明会で一番印象に残っているのは(というかそれしか印象に残っていないのは)
人事の人が、工場の人が着ているのと同じ作業服を着て
「ウチはそんなに給料がいいというわけでもないし、残業も多いです。」
と言ったことだった。

それまでに回った他の会社の説明会では、キラキラギラギラした社員の人が、いかに仕事がクリエイティブでやりがいに満ちており、最先端の感性に触れられ充実したライフを手にしているかということだったので、わたしはこの会社の人事の人の話を聞いて「なんて正直な会社なんだ」と衝撃を受けた。

その後、役員面接では一通りのことを聞かれた後、なぜか役員*1の一人が
「僕ねぇ、昨日、名古屋に行ったんですよ。
 そしたらねえ~、公園にいっぱいホームレスの人がいて、ダラーっとベンチで寝ていたのを見たんですわ。
 石黒さん(←あたし)は、そういう人たちを見て、どう思うかね?」

と、聞かれて…
わたしはのちに名古屋の会社で働くようになって、ホームレス支援のボランティアをはじめたりするんですけど、当時は全くそんなことに思いもよらず、福祉の勉強も全然しておらず、興味もなく、ていうか福祉という言葉をほとんど聞いたこともなかったんじゃないかと思うんですけど。まさか就職の面接でホームレスについて聞かれるなんて思ってなかったのにも関わらず、なぜかこういう風に答えたんです。
「ホームレスになる原因には、ただ単に職がないというだけではなく、うつ病の問題が関係していると聞きました。だから、ただ単に怠けていると決めつけるのではなく、その背景にある問題に目を向けるべきだと思います。」
自分でもなんで咄嗟にこんな答えができたのか謎で、たぶん偶然見た「クローズアップ現代」とかの単なる受け売りなんだろうけど、でもこう言って内定を獲得した。

若い頃からものすごくひねくれていたので、堅気の社会人生活に適応することは難しかった。そのあたりのことはこの記事に書いています。
この記事にあるようないい上司に恵まれ、家族のような雰囲気の中で、アホでも失敗してもあたたかく見守られながら育てていただける、そういう社風が、自分みたいな世間知らずには良かったなあと思います。今でもそういう、のんびり育ててくれる会社ってあるのかな、と若い人と話したりするとたまに感じることがあります。

そしてもう一つ良かったのは、印刷会社という特性、かつ、ある程度の規模があり・かつ、ローカルな会社だという特性から、大きな会社から家族とか個人でやってるような小さな会社まで、規模も業種も色々な会社営業マンとして回ることができたということです。
大企業の岐阜支社にいる人ともお仕事をさせてもらえたし、ひとりで小さなエステ店をはじめるんです、という人の名刺を作らせてもらったこともあった。当時はプリントパックみたいなインターネット通販の会社もなかったし、個人や普通の会社で買えるようなPCやプリンタの性能もよくなかったこともあり、いろんなお仕事を気軽に印刷会社に頼んでもらえたんですね。チラシ・ポスター・伝票・報告書・パッケージ・ノベルティ…印刷物が必要ない業種って基本的にないですからね。通信会社もハウスメーカーも、美容院も新聞社も、医者もスポーツクラブも行きました。それぞれの会社に違ったルールがあり、違った文化があり、違った価値観を持っている人がいる。何を好ましいと思うかも全然違う。そういうことを実際に見て、話して、納品して感じられたことが自分には良かった。

それと同時に、企画から製造、納品までの過程を、ふだんの仕事の中でつぶさに見ることができたのが良かった。納期ひとつにしてもお客さんと、工場では捉え方が全く違う。考える・見積もる・決定する・デザインする・材料を仕入れる・版を作る・印刷する・断裁する・梱包する・配達する…ひとつの製品にはさまざまな要素があり、機能があり、関わる人の思い入れが違う。その中で、製品として完成されるアウトプットはひとつだけれど、たくさんの意味を持っている。お客さんと工場と上司と外注さんと…の間に立ってその全員から叱られながら、そういうことが分かって本当に良かった。世の中の流れや仕組みがわかったと思えること、その一端に触れられたと感じることの喜びは大きい。




地域で子どもだけでも入れる食堂を開いたり
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本当に地道な、小さな活動と

大きな会社や、大きな会社と取引をしているような会社が
生き馬の目を抜くようなスピードで
海外や東京や、宇宙や、膨大なビッグデータを相手に
昼夜を問わず仕事をしていることとの

開きが大きすぎると思う。
でも、どちらも「自分が社会や世界の一端に触れられている」という生き生きとした感動に飢えているという点では、同じなのではないかと感じる。
わたしはクラブやインターネットが好きで、書くことが好きでいま生きている。そしてそのどれもが、生きることには直接的には役立たないように思われがちだけれども、きっと階層を横断し、境目を揺るがし、人と世界の接点に介入する装置だと思っているので、ずっと続けていきたいと思っている。

生きる歓び (中公文庫)

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子ども食堂をつくろう!  ── 人がつながる地域の居場所づくり

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ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる

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*1:この方はのちに社長になられた