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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

苦手を言葉にするということ

社会 福祉

news.yahoo.co.jp

この記事の中にもあるんだけど
精神障害発達障害のある人がはたらくにあたっては

自分の「苦手」なこと(どうがんばってもできないこと)を
オープンにして、出来ないことは他の人に
やってもらう/助けてもらうことが必要だ
っていうのがセオリーみたいになっているんです。


ロジックとしてはもっともなんだけど
それって、そんなに簡単にできることなのかなって
今となっては思う。
わたしも一時期、精神障害発達障害のある人の
就労をサポートする仕事をしていて、その時は
毎日こういうことを伝えていた。
↑の記事によると「それは障害があっても無くても
同じですよね」となっている。


でも、わたし自身(いちおう健常者ということになっている)
をふりかえってみると、
今までの職場で、自分の苦手なところを
堂々と同僚や上司や取引先に伝えていたか?と思うと
全然そんなことなかったと思う。

やったことがなくても、どんな仕事でも
「できます」「やります」と言っていた。
今もほとんどそう言っている。

なぜなら、そう言わないと
次の仕事がないのではないか、
自分の成長につながらないのではないか、
やる気がないと思われるのではないか、
と思っていたからだ。

わたしの友人は「苦手なことをオープンにしたら
弱みにつけこまれて、いじめられるのでは?」と
言っていた。

苦手なことをオープンにするためには
その人自身の覚悟というよりは
「苦手をオープンにしても、決してとがめられたり
 排除されたりすることなく
 ちゃんと受け止めてもらえる」
という保証の方が、ずっと大切なのではないだろうか。


それまでの人生の中で、
「失敗してもやり直せる」
「失敗しても笑って受け止めてもらえる」
「失敗しても見捨てられない」
という経験の裏付けがある人にとっては
自分の弱さをオープンにする際のハードルは
だいぶ低くなるのだろうと思う。

自己理解も大切だけれども、
理解した自分をアウトプットするためには
会社/社会の側の寛容さのほうが大切ではないだろうか。
会社/社会に対する信頼、というのは
受けいれられた経験からしか生まれないと思う。

きたかぜとたいよう (イソップえほん5)

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