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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

疎外感がエンジンだ

みんなー!ネオまちおこしことシティ・プロモーション界隈にサブカルおしゃれ旋風が吹き荒れているよー!

神戸市
fnmnl.tv
名古屋市
snug.city.nagoya.jp

別にいいんだけどさー!

しかし何なんですかね、行政がクソダサいことやると「そんなダッセーことに税金使うんじゃねえよー!」と思い、ちょっとおしゃれなことをやれば「チャラついて小金持ってるヤングアダルト(死語…)に媚び売ってんじゃねーよ!」と思う、この私の荒んだ心は…。まちじゃなくて、私の心がゲットーなのか。過疎なのか。


と、思ってele-kingを読んでいたら、レヴューにこんなことが書いてあった。

新しい音楽というのは、それまで存在していた世界に疎外感を覚えていた人にしかつくれないと僕は思っている
(三田格「Klein/Only」のレビュー http://www.ele-king.net/review/album/005644/

www.ele-king.net

オシャレなまちづくりグループに居場所のなさを感じたら、もうちょっとカジュアルなグループを自分で作ったり見つけたりすればいいし、お上の作ったまちおこし計画がダサくて死にそうだったら、もっと面白いことを自分でやったり、かっこいいと思えることをやっている他のまちに堂々と出て行けばいいだけなんだよね。
どうしても目立つアクション=その地域の印象、ってなっちゃうけど、そんなに単純なものじゃなくて、ほんとうは同じ地域にいろんなジャンル、いろんな世代、いろんなムード、いろんなコンセプトの集団がいくつもあるわけで。それを「この地域は○○だから!」とか、誰に何を言われようと、わかりにくいとかとか言われようと、ひとつにまとめなくってもいいし、自分たちが地域ブランドみたいなものに染まらないからと言って気にしなくてもいいんだよね、べつに。

いろんなグループがたくさんあって、それぞれが切磋琢磨しあったり批評しあったりすればいいんじゃないかな。自分たちのグループだけのものさしで「あいつらはおかしい」「ダサイ」「公金を使う意味がない」とか言って潰しあわなければ。「ああいう考えもあるんだよね」くらいで、それぞれのグループ同士いい距離を持っていればいいんじゃないかな。だけど同じ地域にいる以上、グループを越えてどうしても合意しなければならないことは、話し合いの手間を惜しまず合意できるようにそれぞれが頑張る。みたいな。

ちょっと話がそれたけど、そういう新しい「グループ」っていうかまちおこしムーブメント的なものを作る時にエンジンになるのって「郷土愛」みたいなものだと思われてると思うんだけど
「疎外感」も、そのエンジンになるんじゃないかなって思ったの。
あれも嫌、これも嫌い、ここは自分のいる場所じゃない。そう思った時が本当はチャンスで、新しい人間関係や文化に向かって自分が進んでいける時なんじゃないかなって思った。

これを読んでから、ずーっとブロックチェーン的世界をユートピアのようなものとして夢想しているのです、私は。