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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

生きることは何かの役に立つことなのか

福祉 社会 こじらせ

この前、久々に衝撃的な話を聞いた。

何か仕事で問題が起こった時、いろんな部署の人や
取引先の人が集まって会議や打合せをすることが
あると思うんです。

福祉の世界ではそういう会議を「ケース会議」と
呼んでいるんですけど、
福祉関係の知り合いと話していたら
「ケース会議」を開いても、何も決まらず、
何も進展せず、「とりあえず様子を見ましょう」
となることが、少なからずあるんだそうです。


例えば、
病気はほぼ治っているから退院できるんだけど
介護を受けながら生活できる家や仕組みが用意できないから
どうしましょう、と話し合っても打開策がなく
「様子を見ましょう」となって、結局よくわからない
入院(社会的入院っていうの?)が続くとか

自傷や他害なんかの問題行動が多くて
施設のスタッフが疲弊していて、どうしましょう、と話し合っても
なすすべがなく「様子を見ましょう」となり
結局今までと変わらず福祉施設のスタッフが疲れ続けるだけ、とか。


ええええ~!と思って。
今まで自分も福祉の仕事をちょっとはしてきて
ケース会議ですべてが丸く収まるなんてことはなかったけど
ちょっとでも前進できるように、「まず、ここだけはやりましょう」
「○○さんから役所にかけあってもらえますか」とか
小さくても何かやることを決めて
事態が少しでも進むようにするのが会議だと思ってたから
信じられーん!と思ったんです。

それに、普通の会社だったらそんなこと絶対ないでしょ!
だってさ、この事業が赤字になっています、どうしましょうって
なったとき「様子を見ましょう」なんて言ってたら
会社は早晩潰れるじゃないですか!
ありえないですよ!そんな会議なんでやってるんですかー!
と、騒ぎまくったら、ある人生の大先輩がひとこと。


「高齢者施設の人にそう言ったら
 『様子を見ている』うちに、高齢者は死んでしまうんだから
 それでいいんだ、と言われたことがある。」


と。

ガーン
ガーン


何それ!すっげー酷い!そんな福祉関係者のほうこそ死ね!とか
激しい憤りがマグマのように湧いてきたんだけど、
ふと考えた。

今まで自分がかかわってきた人は
比較的若い人ばかりだった。

そして、「仕事に就きたい」とか「借金を返して生活を安定させたい」とか
明確な目標のある人ばかりだった。

だから、ケース会議でもその目標に向かって
やらなければいけないことがきちんと整理され
役割分担され、チームが作られていったのではないか。
そんな風に思った。


かたや、身寄りがない80代で
ほぼ寝たきりで体が弱く、
食事・排泄・入浴・意思疎通のすべてにサポートが必要な人の
生活に関わっていくときに、
施設の人や、ケアマネージャーや、後見人や、医師や看護師や
ヘルパーさんなんかは、
何を目標にして
何をよりどころにして
仕事をしているのだろうか。


障害のある人の就労支援をしていたとき
障害のある人が何らかのサポートを受けて働けるようになれば
生活保護受給者から、納税者になるんだから
就労支援に税金から予算がつくのは(いずれはペイできるから)
いいことなんだ、当然なんだみたいな言い方をよく聞いた。

高齢者福祉よりも教育や子育てに予算をつけるべき、
という議論も、同じような理屈で語られることがある気がする。

将来、回収できるところだけに投資をすればいいんだろうか。
その理屈「だけ」では、
「どうせ死んでいくんだから議論も改善も無駄。
 様子を見ていればいい」
という意見を認めることになってしまうのではないだろうか。


何かの役に立とうと立つまいと
人間が生きていること、それを一番に尊重する
それが福祉の考え方なんじゃないだろうか。

役に立つ、よくなる、自立できる、仕事になる…
それ自体はいいことだけど
人間はそういうことのために生まれてきているんだろうか。
高齢者だけじゃなく、子どもだって障害のある人だって、
母親だって父親だってサラリーマンだって、
「何かのために」とかじゃなく、
ただ単に生まれてきただけだし、
その「ただ単に生きている」「存在している」ということ自体に
価値があるんじゃないか。
わたしがこう書いていることが
「そうはいっても、きれいごとだけでは済まないよね」と
読まれてしまうこと自体に、
福祉の力のなさを感じる。(大きく出てみました。)


とはいえ、

「なんでもうすぐ死ぬのにいろいろやんなきゃいけないのか」

という問いは、それが誰から、誰に対して発せられたものであっても
すぐには答えられないような問いではないかと思う。
そして、高齢者福祉に関わる人すべてが
(施設の偉い人から、お医者さんから、役所の人から、
 高卒で入ったばかりの職員から
 パートタイムのヘルパーさんにいたるまで、全員)
この問いに、日々直面させられているのではないかと思った。


わたしは社会福祉士の勉強をしているんだけど
こういうことを考えるカリキュラムとか
試験問題に出会ったことはほとんどない。(笑)
「その人らしい生活を支えましょう」とか書いてあるんだけど
それだけ?って思ってしまう。

「なんで死ぬのに生きなければいけないか」は
紀元前からたぶん哲学の人とかがずーーーと考え続けたり
あるいは、あえて人々が「考えないようにしてきて」
答えが出ない問題なんだろーなーと思う。

でも、こういう問題を考えて、福祉実践という
「かたち」にしていくことこそが
「回収できるから投資する」という論理で覆い尽くされそうな社会を
変えていくんじゃないかと思った。

誰のためでもなくて 暮らしてきたはずなのに
大事なこともあるさ
あー 天からの贈り物



UP&DOWN UP&DOWN
SLOW FAST SLOW FAST
STAY TOGETHER
ナイトクルージング



窓は開けておくんだ
いい声聞こえそうさ

フィッシュマンズ「ナイトクルージング」)


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空中キャンプ

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