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#レコーディングダイエット

毎日食べたものを書きます

産む産まないでわたしたちを分けないで

こじらせ 乙女 社会

ninicosachico.hatenablog.com

ネットで話題になっているこのブログだけど
こういう話をして、リアルでもネットでも「悲しいなあ」と思うのは
なぜか
産んだ女 VS 産んでない女 とか
産みたい女 VS 産みたくない女 とか
産むか産まないか決めてる女 VS 決めかねている/決めてない女 とか
なんだか女同士の対立になっちゃってるみたいに見える時です。

「わたしのことはほっといてほしい」も
「自分は自分!そんなこと気にする必要ないじゃん!」も
「産んだり育てたりしている人への配慮も足りないよ」も
「産休や育休で休む人が出た分、他の従業員にしわよせが行くのを何とかしてほしい」も
どれも、自分の心からの気持ちを言っているだけで、争いたいとか、他の人の意見を間違ってる!と言いたいとか、自身の正しさを主張したいとかじゃない、
って分かってるのに、なぜか対立構造に見えてしまうというか
バラバラにされているように見えてしまう。


バラバラが悪いとは思わない。
というか、人はそれぞれみんなちがって、みんな本当はばらばらなんだよね。。。
それでも、その「ばらばらさ」をお互いに認め合いながら生きていく、ということが
社会とか、集団とか、仲間とかを作っているんだとわたしは思う。

けど、なんだかこういう議論をすると「認め合い」自体が成り立たなく「させられている」ような気がして―――自分でもなぜ「成り立たなくなっている」ではなく「成り立たなくさせられている」という言葉を選びたいのか、うまく説明できないのだけれど、とにかく「させられている」の方がしっくりくる―――
つらいし、いやな気持ちになる。


とにかく、わたしたちが「産む/産まない」とかいうものさしで自分たちを分けたり分けられたりして争って、いったい誰が得をするというんだろう。
産んでるとか産んでないとかじゃなく、その人が何をして、どんなことを考えているかということで、わたしたちはお互いを知り合いたいんじゃないだろーか。
しょうもないことで争わされたくない。
卑屈にならずに図々しく生きていくことにする。

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4月22日(水)

お茶、ハムとチーズのサンドイッチ


さば塩焼き、白身魚フライ、卵焼き、大根と大根葉の和えたの、ブロッコリと鶏のマリネ、豚汁、ヨーグルト、お茶


みそラーメン

おやつ
コーヒー、紅茶、もなか、伊賀のお土産の餡が入ったパイ、キャラメルマキアートのケーキ

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私らしさで産む、産まない (健康双書)

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ママになりたい: AERA with Baby 特別編集 (AERAムック)

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ザ・フェミニズム (ちくま文庫)

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女の子よ銃を取れ

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だから女はめんどくさい

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